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「地球環境科学と私」第六十六回

2026.9.28

「地球環境科学と私」第六十六回は大気水圏科学講座 大畑 祥さんによる 
北極の大気に浮かぶ小さな粒子を追う です.


北極の大気に浮かぶ小さな粒子を追う 大気水圏科学講座 大畑 祥

「エアロゾルって聞いたことがある人はいますか?」



 以前、出前授業で訪問した小学校の5・6年生に問いかけたところ、一人も手が挙がりませんでした。温室効果ガスの二酸化炭素は小学6年の理科で登場しますが、「エアロゾル」という言葉は中学・高校の教科書にもほとんど登場しないようなので、当然の反応かもしれません。もしかすると恥ずかしくて手を挙げられなかった人もいたかもしれませんが、とにかく、エアロゾルはまだまだ一般に馴染みのある用語ではないようです。日頃から研究で用語に触れていると、そういった感覚は分からなくなってきます。「(エアロゾルという)名前だけでも覚えて帰ってくれたら嬉しいです」と、漫才師の自己紹介で聞くようなフレーズが自然と口から出て、授業を始めていました。


エアロゾルとは、大気中に固体または液体の微粒子が浮遊して分散している状態、またはその粒子そのものを指します。ここでは後者の意味で、大気中に浮かんでいる目に見えないくらいの大きさ(数ナノメートルから数十マイクロメートル)の粒子のことをエアロゾルと呼ぶことにします。


エアロゾルは基本的にどこにでもいます。今、これを読んでくださっている人が吸っている空気にも含まれていて、どこかで発生した粒子が風に乗って大気中を旅して、あなたのところに辿り着いたわけです。


このような大気環境中のエアロゾルは、大きく分けると二つの観点で研究されています。一つは、エアロゾルが人体にとってどのように有害か、という健康影響の観点。もう一つは、エアロゾルが太陽・地球放射を吸収・散乱したり、雲の反射率や寿命を変えることによって、気候をどう変えているかという気候影響の観点です。


大気中にはさまざまな種類(化学組成)のエアロゾルが混在し、その健康・気候影響も多様ですが、エアロゾル全体で見ると、産業革命前(1750年)に比べて、人為起源のエアロゾルは二酸化炭素による温暖化効果のおよそ半分を打ち消すほどの冷却効果を持つと見積もられています(IPCC第6次評価報告書)。これほどの気候影響を及ぼしていることからも、エアロゾルの一般の知名度はもう少し高くて良いように感じます。

私はこのエアロゾルを対象として、主に気候影響の観点で観測研究を行っています。これまで日本だけでなく北極域における地上定点での観測や、航空機・船舶を用いた移動観測など、さまざまな共同観測に参加する機会を頂いてきました。ここでは一例として、2023年夏のグリーンランド南部での観測を(手元に見栄えのする写真が多いこともあり)ご紹介します。


北極域では地球全体の平均よりも速いペースで温暖化が進んでおり、グリーンランド南部のフィヨルドの生態系やそこに暮らす住民の生活にも、直接的な影響が出てきています。そこで大気・生物多様性・雪氷・人間・陸域・海洋の6つの領域の相互作用を意識した研究プロジェクトがスイス主導で実施され(https://greenfjord-project.ch/)、私も国立極地研究所の研究者を代表とする日本のグループの一員として、大気観測に参加しました。


観測の拠点はナルサークという人口1,300人ほどの村です。まずグリーンランド南部の空の玄関口であるナルサルスアークという村にアイスランドから飛行機で入り、そこからボートに乗って辿り着きます。フィヨルドには、氷河から崩れ落ちて流れ出た氷山がいくつも浮かんでいます。ボートはそれらを避けながら進みますが、中にはびっくりするほど青い氷も見られます。氷河の氷は長い年月をかけて押し固められて気泡が少なく、赤い光が吸収されやすいため、青く見えるそうです。見慣れていない私にとっては、違和感を覚えるような現実離れした色合いの風景でした。


地球環境科学専攻

グリーンランド南部で村々を結ぶボート(上)と、フィヨルドに浮かぶ青い氷(下)。

私が担当したのは、バクテリアや真菌胞子など、生物に由来する粒子「バイオエアロゾル」の観測です。その中には、雲の中で氷ができるきっかけとなる粒子があります。雲には0℃以下でも凍らない「過冷却」の水滴があり、これらの粒子は水滴を凍らせる核、すなわち「氷晶核」として働きます。小さな生物由来の粒子が雲の性質を変化させることによって気候に関わっていると考えられているのです。しかし、他の有機・無機エアロゾルに比べて数濃度が極めて低いこともあり、どこから発生し、大気中にどれくらいあり、どのように運ばれるのかには、まだ分からないことが多く残されています。


観測では、大気を吸引して粒子1つ1つに紫外光を照射し、生物粒子が発する蛍光を検出する装置を使用することで、大気中のバクテリアや真菌胞子と思われる粒子の数濃度の詳細な時間変動を捉えました。グリーンランド内でローカルに発生していると思われるものや、カナダの森林火災などの影響を受けて長距離輸送されてきたものなど、異なる発生源のバイオエアロゾルが寄与していることを示唆する結果が得られています。



北極温暖化の進行に伴って、こうした生物由来の粒子の発生量は増加する可能性があります。それによって雲や気候にどのような変化が起こるのかを理解するために、バイオエアロゾルの動態の把握は今後ますます重要になります。個々の粒子の精密な計測に基づいて気候に影響するエアロゾルの動態を解明し、将来の気候予測の精度向上に貢献することを目指しています。



地球環境科学専攻

山から見下ろしたナルサークの村(左)と、大気観測装置を設置したコンテナ(右)。屋根から突き出た煙突のような空気の取り入れ口から、観測する空気を吸引している。





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