2026.6.4
「地球環境科学と私」第六十四回は生態学講座 松本 武大さんによる 人生初の海外は4ヶ月間の島生活 です.
私は今、日本から遥か遠く約6000km、アメリカ合衆国アラスカ州のミドルトン島という無人島に滞在しています。なぜこんなところにいるのかと言いますと、ミツユビカモメをはじめとした海鳥を対象とした野外調査を行うためです。アラスカと聞いて私が最初にイメージしたのはほぼ北極の凍った大地でした。実際もかなり寒いですが、これを書いている5月現在、昼間は5〜10℃ほどで慣れたのもありますが、ダウン一枚着ていれば快適に過ごせる程よい気候だと感じています。
図1:上空から撮影したミドルトン島(4月入島時)(Photo by Frédéric Manas)
図2:ミドルトン島で繁殖する(a)ミツユビカモメと (b)エトピリカ(Photo by Frédéric Manas)
このミドルトン島は海鳥の研究で非常に特異な島であり、ミツユビカモメの他にはウトウ、エトピリカ、ヒメウ、ウミガラスなど多くの海鳥が繁殖しています。中でもミツユビカモメの観察環境は、野生下では考えられないほどに整っています。島には壁面にミツユビカモメが営巣する改装された廃レーダータワーがあり、内部から巣内の様子を観察できるようになっています。この観察システムによって、私たちは他の野生環境では実施することが難しいような実験を行うことができています。
図3:(a)ミツユビカモメが繁殖するタワー外壁の写真。(b)タワー内部からみたミツユビカモメを観察するためのウィンドウ。一方向透過ガラスによって外から中は見えないようになっているため、鳥の自然な行動を妨げずに近距離での観察を行うことができる。(c)タワー内部の様子。(b)のウィンドウが全面にならんでいる。
今年度、私たちのグループはミツユビカモメを対象として、心拍心電図ロガーを一年通して装着することで、今まで測ることのできなかった非繁殖期の心拍データの記録を試みるというプロジェクトに主に取り組んでいます。さらに、私個人の研究テーマとして、ミツユビカモメの非繁殖期から繁殖期にかけて心拍心電図ロガーから推定される生理状態や渡り行動をもとに、個体が経験した「苦労」を定量化する研究を行っています。そして、その「苦労」の違いが、繁殖期の生理状態や繁殖活動にどのような影響を及ぼすのかを明らかにすることを目的としています。
昨年の冬により長い距離を渡った個体や、ロガー装着による影響を受けた個体では、非繁殖期から繁殖期にかけて、より大きな生理的・行動的負荷である「苦労」を乗り越えている可能性があります。そのため、移動距離が短い個体や、前年度に受けた影響がより小さい個体と比較して、繁殖期の栄養状態や免疫機能、ストレス耐性、抱卵交代パターンなどの行動、さらには繁殖成績に違いが生じるのではないかと考えています。
これらのデータを得るために、現在は昨年度ミツユビカモメに装着されたロガーを回収、再装着したり、タワーの観察システムを利用した巣への滞在状況の継続観察を行ったりしています。
せっかくの機会なのでミドルトン島での暮らしを少し紹介させていただこうと思います。まず、日中多くの時間を過ごすのがInstitute for Seabird Research and Conservation (海鳥研究保全センター)が所有する小屋で、食事やデスクワーク等の作業を行なっています。無人島といっても最低限の文明はあり、水道は通っていないものの、電気やガスは使うことができ、水は雨水や池から流れている水を汲んできて濾過して使っています。私が昨年度、卒業研究のために北海道の大黒島という無人島で2週間半、野外調査のために滞在した際の経験と比較すると、こちらの生活が比較的快適なことに最初は驚きました。トイレは重機で掘られた深い穴の上に座れる便座が置かれた小屋が建てられており、シャワーは温めたお湯をバケツに入れてそれを浴びるという感じです。また、夜はそれぞれ一人一人のテントで就寝します。約4ヶ月間という長い滞在期間なので、一人の時間があることはかなり救われていると思います。
図4:生活拠点の小屋。写真は夕飯の後、各々くつろいでいる様子。
私たち名古屋大学チームの他には、カナダ、フランス、アメリカの大学から研究者が集まり、現在は計16人で共同生活をしています。会話は当然英語なので理解して話すのにはまだまだ苦戦していますが、難しい顔をするとみんな易しく教えてくれるので、コミュニケーションはなんとかうまくやれていると願っています。この調査は私にとって初めての海外調査であり、日本ではなかなか得られないほど日常的に英語やさまざまな国の文化に触れる機会を得られていると感じています。
現在は5月終盤、ミツユビカモメたちは順々に卵を産み始め、抱卵期へとシフトし始めています。僕にとっては全てが初めての経験ですが、ここからさらにウトウやエトピリカの調査などいろんなことが待っているらしいため、最後までしっかり取り組んでいきたいです。