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「地球環境科学と私」第三十七回

2023.5.29

「地球環境科学と私」第三十七回は地球環境システム学講座 平野 恭弘 さんによる 森の根を診る です.


森の根を診る 地球環境システム学講座 平野 恭弘

地球環境システム学講座で森の根の研究1)をしている平野恭弘です。 「どうして根の研究をはじめられたのですか?」と聞かれることが良くあります。 私が農学部の学生だった頃、酸性雨が樹木を枯らすという記事を目にし、卒論研究でぜひ酸性雨の影響について調べたいと考えていました。卒論の内容について他研究室で樹木の葉や幹の呼吸特性をご専門にされていた先輩と議論していた時、「樹木が枯れる要因を考えるためには根を診ないとね」と言われたことを今でも鮮明に覚えています。それ以来、“根っこの世界” に入っていくことになったのです。当時屋久杉など巨木の根が登山等の人により踏みつけられ樹勢が弱くなってきたという話題にも興味を持っていたので、何の疑いもなく、根を診ないと、と研究に没頭していきました。


学生時代は温室の中で酸性雨をスギの苗木に噴霧しその根系への影響を観察しました。友人からは「木を枯らす実験なんて・・・」と言われましたが、pH 2.0の雨をスギに噴霧しても枯れることはありませんでした。小さな苗とはいえ樹木の強さを感じ、野外のフィールドに生育する樹木の根を診ないと、実際に酸性雨の影響があるのかどうかはわからないなと感じるようになりました。


森林総合研究所やスイス森林雪景観研究所では、森に出かけ酸性雨や酸性化した土壌、そこに生育する細い根を採取し分析を行いました。フィールドでじっくりと何度も観察すると、森の根は、時間をかけて成熟した土壌の層、硬さ、養水分、地形や他の植生などに影響を受けることが良くわかります。スイスでは欧州で活躍する多くの樹木根研究者と知り合うことができました。国は違えど土壌から根を選別し洗う方法、根の生死の判別法、根の直径や長さ、分岐特性の測り方など、基本的な測定について皆が共通した悩みを持ち、個人個人の方法を見せ合いながら共有できたことは、自分の中にあった外国の壁を小さくすることができました。国内には「根研究学会」があり、樹木に限らず様々な植物の根を扱う研究者が集い、根の手法や最新知識の情報交換の場として役立っています。皆で実際に根を掘り、それらを分けたりすることもあります。最近、根研究学会の論文がプレスリリースされた時2)には、『根ばかり扱う学会があるんだ!?』とSNSでほんのひと時ですが話題になりました。



樹木の根は、樹体を支える“太い根”と養水分を吸収する“細い根”に分けられますが、成長に必須な養水分吸収や、落ち葉のように落ち根3)として土壌を作る炭素循環などの重要性から、世界中で細い根の研究分野が進んでおり、太い根の研究者はとても少ないのが現状です。フィールドで太い根を観察することの難しさもその要因です。根の研究者としては、細い根だけでなく太い根のことも理解していないと、特に一般の人から根のことを聞かれた時、樹木の根系を説明することはできません。


近年私たちはこの太い根の構造や役割、根はどれくらいの深さや広がりを持つのか?という疑問に対し、少しでも答えることのできるようにと、フィールドで樹木を最もよく観察され高い技術を持つ樹木医さんや造園業者さんなどと協働で研究を進めています。私たちだけで根系を掘り出すことには限界がありますが、樹木医さんらは普段から根を傷めずに掘ることに精通しているので、根系全体をとても丁寧に掘り出してくれます。写真は海岸に生育する樹高14 mのクロマツの根系で、樹木医さんと協働で掘り出し、最大深さは2.4 mもありました。このように土壌中の根系構造を残したまま丁寧に掘り出すことにより、近年では3次元画像として根系を復元することもでき、周囲の土壌特性との関係性を明らかにすることが可能となっています。フィールドで地表面からこの根系が掘りすすめられ徐々に現れてくると、地下生態系の複雑さと多様さを目の当たりにします。学生の皆さんも参加して掘り取り調査をしますが、これまでに見たことない地下生態系の景色にとても興味深そうに観察しています。樹木の生命力を真に感じることができたと言われた学生さんもいます。一方で、私たち樹木根研究者は、このように土壌を掘り起こすことなく「根系を見える化する」ことを目標に、地中レーダなどを用いて様々な方法で挑戦しています。


根系はルートシステムという一つの系を、樹木の他器官とのバランスやその周辺の土壌環境、そこに生育するさまざまな生物とともに作りだすことで樹木を生存させています。地球システムも、根と微生物などとても小さな局所的システムから、樹木などの生物が作り出す森林のシステム、人間と関わる地域システムや都市域のシステム、さらに大きな陸域及び海洋生態系のシステムなど様々なスケールのサブシステムから構築されています。様々なフィールドスケールにおけるシステムの持続可能性を理解し維持していくことが持続可能な地球システムを考える上で重要と考えています。根系という比較的小さなシステムを理解することが、その第一歩であると私自身は考え、日々、根をじっくりとフィールドで診て研究に取り組んでいます。


地球環境科学専攻

海岸に生育する樹高14 mのクロマツの根系。最大深さは2.4 m。 樹木医さんとエアースコップを用いて根系構造を維持しながら丁寧に掘り取られた。


1)理philosophia online 研究室に行ってみた! 地中の「見える化」で世界が広がる!知られざる木の根の生態にせまる

https://www.philosophia.sci.nagoya-u.ac.jp/rigaku_life/230-2.html

2)名古屋大学学術研究・産学官連携推進本部note ご神木が倒れた原因は雨?風?それとも…? 【28】

https://note.com/nagoya_ura/n/ne21a76d0bd06

3)NU Research Information 森で「落ち葉」でなく「落ち根」を集める

https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2022/08/post-305.html
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