風森まちのお気楽日記

 

○月×日

 

ちょうど最後のボルトを締めたところで、終業時刻だ。オレは自動車工場で働いている。きょうは3日がかりでやってきたトラックの組み立てが終わったところだ。ちょうどきりのいい時間に作業を終えるようにするのもプロのテクニックのうち。一日の作業時間は午前中の4時間だけだからな。明日は昨日入ってきた廃車の解体作業だ。廃車が入って材料が確保できると資材銀行に送る。銀行に送った分、新しい材料が調達できる仕組みだ。15人の小さな工場だが、最近はうまいタイミングで廃車が入るようになってきた。車は全国どこでもだいたいこんな規模の工場で作られている。

 

うちで作っている車は、液体燃料のエンジン・電気のハイブリッドカーだ。燃料は、メタノール、エタノール、ガソリンのどれでもいいし、混ざっていてもいい。燃料の混ざり具合を調べるセンサーの精度が高いのがうちの製品の特徴だ。混ざり具合にあわせて最適な点火時期をマイコンで調整するんだ。メタノールは昔は天然ガスから合成していて主流だったが、今はめっきり減った。天然ガスもそろそろ終わりってことだな。そのかわりに牛のふんからつくるメタノールや間伐材からつくるエタノールが増えてきた。最近は、なんと昔使われていたガソリンが復活してきた。昔むかしはごみしょぶんじょうなんて言われたところから石油製のプラスチックを掘り出して油化している。捨てた時は臭かったり汚かったそうだが、今はきれいなもんだ。ちょっと掘ればごそっと真っ白なプラスチックがでてくる。このすぐ近くにもあるけど、宝の山だな。昔の人はいいものを残してくれたもんだ。

 

昼飯を食ったら、きょうは畑に行こう。そろそろトマトが収穫できる。残りのきゅうりも収穫しとかなきゃ。工場のまわりは田んぼと畑。みな午後は畑仕事に精をだす。たいていは家族が食う以上にとれるので、余ったものは近所に配る。逆にご近所からももらいものがあって、食卓はいつもにぎやかだ。田んぼではコメ、麦、豆、牧草を輪作していて、牛も飼ってる。オレたちにも飼いやすい小型牛だ。ふんからガスもとれるし、肥料もできる。なにかと重宝だ。豆は近くの豆腐屋にもっていくと豆腐にしてくれる。幾分かは豆腐屋が売るためにとり、残りがウチのものってわけだ。

 

こどもたちも学校は昼までだから、畑仕事を手伝うのが日課だ。最近は中学生の坊主がうるさくなってきた。なんでも学校では認識論をやってるらしい。あることが正しいということがどうやって証明できるのか、なんて聞いてきやがる。ほら、間違った植え方したらトマトは育たないだろ。そいつが立派な証明だ。坊主め、不満そうな顔をしている。明日は畑でなんて反論するかみものだな。

 

トマトの収穫が終わったところでっと。まだ晩飯には早いから、まちの風車のメンテに行くとしよう。この風車は今世紀はじめに建てられた年代モノだ。このまちに電力を供給してる。電気に強いやまさんは風車の管理をかってでてくれている。オレは機械に強いので、部品の交換なんかをやってる。となりのたにさんはコンピュータきちがいで、やたら制御プログラムをいじってる。みんなもういいっていってるのに。でも彼のプログラムのおかげで、オレたちの風車は去年、発電効率コンペで一位をとった。もちろん、機械部分はオレが完璧な状態に維持してるからでもある。こうやってまちのみんなでああだこうだいいながら風車をメンテしてると、年代モノでも立派に働いてくれるんだ。やまさんによれば、なんでも歯車がひとつ鳴いてるらしい。おっと、これか。もう擦り減って替え時だな。オレは歯車をはずして工場に戻り、部品再生機にかけた。こいつは、古い部品をセットすると、自動的にレーザーで形を読み取り、X線で材質を調べて、あとはNC加工機が新品の部品を作ってくれる。ほとんどやることはないんだが、モニターにでてくる図面を少し手作業で手直しするのがコツなのだ。工場の機械は午後は空いてるから、こんなふうにまちのために使ってもいいんだ。さあできたぞ。古い部品は資材銀行行きのコンテナにほおりこんでと。これでまた完璧な状態だな。やまさん、今晩もいい風が吹きそうだね。

 

○月△日

 

きょうは月に1度のまちの山仕事の日だ。材木用の木と燃料用のチップを切り出すのだ。昼飯を食ってから、みんな飛行船の格納庫の前に集まってきた。この伐採作業をオレは気に入っている。昔はたいへんな重労働らしかったが、今やオレたちの飛行船を使えば楽しい作業だ。こいつももう随分前からあるが、その動き方は本当に洗練されている。無人の飛行船は格納庫から浮き上がると、勝手に舳先を風上に向ける。そのまま上下左右どちらの方向にも動くのだ。切るべき木の横でリモコンのスイッチを押せば、上空から伐採装置がワイヤーに吊り下げられて、すーっと降りてくる。オレたちはリング状の伐採装置を木の根元にとりつける。そうすると、とととと・・という軽快な音をたてながら木が切られていく。飛行船からぶらさがった状態の木は切り終わるとそのまま、音もなくすーと上空にのぼり、そのまま飛行船に吊り下げられてふもとの土場まで運ばれるのだ。

 

飛行船が帰って来るまでに、オレたちは燃料用チップの切り出しをする。こちらはダイナミックだ。チッパーを根元に取り付ければあとはみるみる下から砕かれてチップがあふれ出す。そのままパイプに吸われて林道のところに置いてあるトラックの荷台まで飛んでいくのだ。チップはまちの小さな発電所に運ばれる。そこでは電気と熱がつくられてオレたちの家まで供給される。発電機の効率は最高級というわけにはいかないが、電気を使うのはコンピュータと照明とヒートポンプくらいで、熱の需要の方が多いのでちょうどいいくらいらしい。

 

飛行船がふもとから帰って来た。その船体にはデザイナーをやってるうみさんがデザインした風と森があしらわれたもようが描かれている。このまえのレストアの時にみんなで塗装したんだ。洗練された動きによくにあう、すかっとしたデザインをみんなも気に入っている。もちろんモーターのオーバーホールはオレがやった。プロペラの修理はファイバー工房のたけさんだ。竹の繊維からつくられるプロペラは軽くて丈夫。彼女はありとあらゆるものを竹ファイバーでつくることができる。風車の羽もたけさんが修理してる。飛行船のメンテをとなりまちのメーカー工場に頼むとたいへんな円がかかるが、こうやって自分たちでやるんだったら、1円もかからずにできる。おやじたちの代からずっとそうやってきた。

 

材木用の木は発電所のとなりの製材所に運び込まれる。なにもないところに家を新築することはほとんどないからそれほど木材の需要があるわけではない。月1回のみんなの山仕事で製材所の連中が午前中働くのにちょうどいいくらいだ。木材はまちの外にでるときは円で売る。それで連中の給料もでれば将来飛行船を買い換えるための積立金もでている。今度オレは古くなった家の一部の修復をやるつもりだ。まちの中であれば、木材はきずなで調達できる。

 

オレたちのまちの通貨きずなのシステムはとてもすぐれている。このコンピュータシステムはたにさんのおやじが若いころに設計してまちの中のコンピュータ好きが力をあわせてつくったものだ。オレたちはまちのためにはたらくと、きずなが口座に振り込まれる。まちのなかで生産されるものはすべてきずなで調達できるんだ。もちろん円でも買えるが、きずなで手に入るものに円を使うことはまずないな。風車や発電所でつくられた電気や熱もきずなで払う。介護が必要な年寄りやハンデのある人には毎月自動的にきずなが発行される。75歳以上で「現役引退」を宣言した年寄りもだ。それでいろんなサービスが受けられるようになっている。むかしは生活するのに円がたくさん必要だったそうだが、今は円で払うものよりきずなで払うものの方が多い。うちのこどもたちも、小遣いかせぎに年寄りの介護を手伝ったりしてる。円をかせぐのは難しいが、きずなならまちのためにはたらきさえすればいいんだから、誰だってかせげる。

 

最近ひとつ困ったことがでてきた。みんな午後によくはたらくし、一方で電気の消費量が減ってきて、きずながたまって使い切れなくなるのがけっこうでてきた。一年の有効期限がくるときずなは使えなくなる。これをどうするかみんなで話し合ってるところだ。電気代をあげてバランスをとるのがすじだが、それじゃ年寄りが困ることになる。考えてみれば、期限切れのきずなをたくさんもってる人ほどまちに貢献してるってことだから、名誉なことじゃないかっていうやつがいて、オレもなるほどと思った。なかなかうまいことを言うもんだ。

 

○月○日

 

オレのかみさんはまちの診療所で働く医者だ。むかしは医者にかかるとたくさん薬を飲まされて円もかかるしたいへんだったそうだが、今は食事・生活療法が中心だ。からだの中を調べるのに今では超音波聴診器が普及している。こいつはペンのような超音波発信機をからだに軽くあてて、医者はエコーを両方の耳で聞く。もちろん周波数変換器が入っていて、耳で聞けるようにしてあるんだ。むかしはおおげさな装置でモニターに画像がでていたそうだが、耳で聞くほうがよっぽどよくわかるらしい。かみさんはこの聴診器のプロだ。尿や血液の検査なんかしなくても飲みすぎで肝臓がよわってるなんてのは手に取るようにわかるそうだ。まちの中には薬草畑があって、そこからとれる薬だったらきずなでもらえる。体の負担も軽くて年寄りにも好評だ。オレたちの親の代ほどではないが、今でも年寄りは多い。ひところ縮まっていた平均寿命が最近また伸びてきたそうだ。むかしは食い物にことごとく毒が入っていたそうだが、今はそんなことはないからな。オレのおやじもおふくろも元気で毎日畑仕事してるし、だいたいうちのまちの年寄り、ちょっと元気すぎないか。75歳をすぎても現役引退しないのがいっぱいいるぞ。いいかげんおとなしくしてろよ、って気にもなるな。

 

△月×日

 

今日から家の修復だ。建てられてから70年になるから、もう修復してもいいだろう。70年ものの木が使えれば十分だからだ。うちの高校生の娘がどうしてもデザインをしたいというので、建築工房のみねおばさんに相談していっしょになって図面をかいてもらった。機能的だけどあそびもあって、なかなかいいものができそうだ。娘にはいい勉強になっただろう。作業は毎日午後2時間。みねおばさんが現場監督で家族全員で作業をする。人手が必要なときは、近所のみんなが手伝ってくれる。みんなプロではないが、なんでもできる。みねさんには円で報酬を払うが、近所のみんなにはきずなで払う。それが礼儀ってもんだ。

 

解体した古い材木は例によってチッパーにかけて発電所に持っていく。普通はむかしの家の材木はいろんな薬品がしみこんでいて発電所で燃やすわけにはいかないそうだ。じいさんに先見の明があって、薬品をいっさいつかってない材料で家を建てた。発電所にもって行けばきずなをもらえるが、まちの外に捨てなければいけないとするとたいへんな円がかかる。じいさんの顔は写真でしかみたことがないが、とても感謝している。

 

△月△日

 

きょうはまちの理事会だ。こうみえてもオレはみんなに推薦されて理事を務めている。業務的なことはもうネットで議論をすませているから、きょうの議題は新しいNPOの認証だ。オレたちのまちといっているのは地域通貨きずなを運営するNPOだ。他にも発電所や製材所なんかのいろんなNPOをたばねている。むかしは企業といえばPOだったが、このまちからPOがなくなってもうかなりたつ。オレの自動車工場も先代の社長が若いころにNPOになった。材料が手に入らなくなって、製品を作りたくてもたくさんは作れなくなったときだ。今の材料調達制度に参加できたのはNPOだけだったからな。

 

今回申請されてるNPOはもりさんたちの養豚場だ。森の中で豚を飼ってる。まちの支援をうけて試験的にやってきたが軌道にのってきたので正式にたちあげたいという意向だ。やつら苦労したかいがあって、下草や木の実でよく育つ品種をつくることができた。しかも、針葉樹の若木はきらいで食べないので、植林したての山に放せば下草刈をやってくれて肥料まで供給してくれるっていうすぐれものだ。連中の遺伝子解読の技術がとてもすぐれていて古い系統の豚やいのししを丹念に探したのが成功につながったとオレはみている。連中のつくる豚は独特のあまみがあってとてもうまい。

 

NPO申請のポイントは物質循環だ。インプットはなにがどれくらいで、アウトプットがどれくらいか。アウトプットはまたインプットに戻ってくる道筋がついているか。物質が一周する間のエネルギー獲得と消費がバランスするか。こういうのの定量的な計画書が必要で審査の焦点もここにある。計画のコンセプトさえできれば、まちのコンピュータには、各NPOの物質・エネルギーフローがオンラインで計測されているから、計画を定量化するのも、それをチェックするのも簡単だが、コンセプトが難しい。すでに物質循環がきっちりされているところに新しい道筋をつけくわえようっていうんだから。連中ここでもよくよく考えてきっちり計画をつくってきた。エネルギー面でも収支はプラスだ。一発OKだな。なかなかこうはいかないんだ。

 

×月△日

 

今日は晩飯後に星をみながら、こどもたちに昔話をしてやった。オレもおやじとおふくろから聞いた話だ。もうそろそろ知っておいてもいい年頃だ。また聞きの話も多いから正確とはいえないが、とにかく話すぞ。またおまえたちのこどもたちにも話してやってくれよ。おまえたち今は何不自由ない生活を送っているが、今から何十年か前にはたいへんな時代があったんだ。「とし」って言葉を知ってるだろ。今は鉄やアルミを掘り出す鉱山って意味だが、昔はちがったんだ。おおきなまち、っていう意味でたくさんの人が住んでた。オレのおやじはとしで働いていた。こうむいんってやつだ。それはどういう仕事かって?ちょっと説明するのが難しいがとにかくビルの一室で書類にはんこを押したりする仕事だ。おふくろは証券会社ではたらいてた。これも説明が難しいがとにかくビルの一室で書類にはんこを押したりする仕事だ。なんではんこ押すだけで生活できるのかって?オレにもよくわからんが、とにかくとしにはそういう不思議な暮らし方をするひとがいっぱい集まってたらしい。オレはそんなおやじとおふくろのもとに生まれた。

 

今じゃ考えられないが、その当時収入は円しかなかったらしい。しかも自分の畑も家畜も何も持っていなかった。つまり食い物は円で買ってたんだ。さらに不思議なことに店にはまちで作られる食い物よりも外国の食い物のほうが多かったそうだ。わざわざ船で海を渡って運んできてたんだ。その船は石油ってやつが燃料だ。お前たちは見たことないかもしれないが、石油っていうのはもともとは黒いべっとりした液体で、地下から掘り出してたんだ。おいおいごみしょぶんじょうのことじゃないぞ。遠くの外国で地下にパイプを入れたら噴出してくるようなものだ。車だってみんな石油で動いてたんだぞ。おやじもおふくろも車を持っていたらしい。そうそう2台あったんだ。トラックじゃないぞ。乗用車ってやつで荷物があまりのらないやつだ。車がないと食い物を買いにもいけなかったそうだ。けっこう不便だったんだな。

 

食い物も石油も外国から買って船で運んでいたところに、たいへんなことになったんだ。外国からモノを買うには何かを売らなければならない。むかしは車を外国に売ってたんだ。いまと違ってすきなだけ材料は手に入った。もともとは地下にあったんだ。これを掘り出せばいくらでも手に入る。別に地下に倉庫があったわけじゃないぞ。岩の中にあったんだ。ところが、近くの国でもっとずっと安く車を作るところがでてきて、外国では売れなくなった。一方で、ざいせいはたん、ってやつがおきた。まちのNPOが破産するようなもんでたいへんなことさ。とにかく外国からモノを買うことができなくなってしまった。ちょうどそのときに運の悪いことに、外国では3年続きの不作で、食い物の値段がべらぼうにあがったんだ。石油の生産も減っていって、こちらも高騰した。困ったのはこの国だけじゃない。もっと貧しかったたくさんの国がとても困って、各地で戦争やテロが頻発した。食い物をつんだ船はことごとく襲撃された。石油をつんだ船も無差別攻撃を受けた。

 

としではたいへんなことになった。ある日突然、お店から食い物がなくなったんだ。石油も手に入らない。いくら円を持っていてもなんにもならない。おやじもおふくろも幼いオレを抱えて、はんこを押してる場合じゃなくなった。駐車場や道路の舗装をはがして、畑を作ったそうだ。車は通らなくなったからな。それでもおやじたちはまだいい方で、勤め先に広い駐車場があったから職場のみんなで耕してなんとか飢えをしのいだそうだ。おやじたちのとしは道幅が広くて土地がなんとか確保できたが、道が狭くて高架橋ばかりのとしではとうとう飢え死にする人もでてきた。悪いことは重なるもので、そういう時に大地震がとしを襲った。たくさんの人が死んだ。建物の下敷きになったり火事で死んだ人よりも飢え死にした人の方が多かったそうだ。うちの一家はいのちからがら、じいさんばあさんのいたこのまちに逃げて来た。そうやって逃げる場所のある人はよかったがない人は悲惨だった。それで、国をあげて土地をそういう人たちに分けるってことをやって、これは農地改革って呼ばれた。学校で習ったろう。外国から食い物を買ってたんで国内の農地は耕されないところがたくさんあったらしい。そういう土地の耕作権をただで配分したんだ。せいふは農地改革をやり、円を金本位制にしたあと解散した。破産しちゃったんだからな。あとはまちにすべての権限をうつしたんだ。シベリアに移民して行った人もたくさんいる。今でこそシベリアは温暖で農作物もたくさんとれるが、当時はまだ寒くて入植にはずいぶん苦労したそうだ。としは結局復興されることなく放棄された。壊れたビルの中には鉄やアルミがたくさん入っていたから、それ以来、少しずつ解体してはそういう材料を掘り出してるんだ。

 

このまちのいろんな仕組みができたのがこのころさ。としからいのちからがら逃げて来たおやじたちのような人間が集まっていろいろ思案してきずなもつくった。まちの通貨もそのころはいろいろあったらしいが、そうこうしているうちにきずなだけが残ったんだ。発電所がきずなに参加したのが決定的だったと聞いている。そのときにはいろいろあつれきもあって、きまずくなってこのまちを離れて行った人もいたらしい。今では考えられないけど、人間のやることだからそういうこともあるさ。もう夜もふけてきたからここらでやめるが、そうやって先人が苦労したんで今のような何不自由ない生活ができるんだぞ。そこんとこよく心しとけよ。え、ひとこと余分だ?わかったよ。オレもおやじにそう言ったさ。じゃおやすみ。

 

◇月〇日

 娘は今年高校卒業だ。大人の仲間入りをするためのお祝いをしなくちゃいけない。このまちでは、本人が一年間なにか家畜を育てて、そいつを誕生日の前の日にバラしてお祝いの料理にするという風習がある。バラすのにはじめて立ち会うんだ。うちは牛にした。一頭もう乳がでなくなって、肉にしてもいいやつがいたが、娘のお祝いのためにのばしてたんだ。

 さすがに誕生日がちかづくと、娘のやつくらぁくなってきた。娘が小さい頃に生まれて、どこに行くにも娘の後をついてきた牛だ。この一年はほんとに心をこめて世話をしてた。いっそうかわいくなっただろう。一週間ほど前には、娘は一日部屋に閉じこもってでてこなかった。その日は牛の世話はしなかった。牛も悟ったようだ。その日以来、特に娘に甘えることをしなくなった。娘もたんたんと世話をしてた。

 いよいよ今日はバラす日だ。娘が紐を引っ張って、屠殺場へ歩いて連れていった。屠殺場はだいたい月に一回開かれる。今月は娘の誕生日の前の日だ。お祝いのうちが朝一番にバラすことになっている。ナイフを入れるのはオレの役目だ。娘は泣きそうだががんばって平静をよそおってる。苦しまないように急所を一撃でやんなきゃいけない。オレだって何度やってもこの瞬間だけはあまり気持ちのいいもんじゃない。オレは牛の顔をもう一度しっかりみたあと目をつぶってちょっと祈った。それから刺した。

 もうなんともない。あとは肉の塊を解体するだけだ。娘にナイフを持たせて、腹の開け方を教えてやった。みんなも手伝ってくれて、あっというまに作業は終わった。娘はなにがなんだかわかんなかったかも。でも今はふっきれた顔をしている。肉をトラックに載せ終えた後、はにかむように笑った。ほんとうにおめでとう。

 次の日は休みだったんで、朝からお祝いだ。近所の連中がみんな集まる。牛肉を食べるのは久しぶりだからな。庭で大焼肉パーティーだ。みんないろんな料理を持ってきてくれた。昼間から酒を飲んでいい気分だ。娘は着飾って頭には花の冠をしてる。みんなから、いつの間にかえらくべっぴんになったな、なんてからかわれてる。ヘンな話だが確かにオレもちょっとびっくりだ。オイ、そこの若いの、テをだすなよ。なんだか落ち着かないなって思ってたら、連中、もうあきらめろよなんていいやがる。うるさい、酒もってこい。

 

〇月△日

 きょうは娘とたにさんの工房に行って、娘のコンピュータカードを注文した。このカードはCPUとメモリ、通信インタフェース、アナログインタフェースがワンチップになっていて、どこにいってもカードポートにさしさえすれば、コンピュータも使えるし、きずなの決済もできる。IDが書き込まれていて、一生使う物だ。チップの回路図は人間に見える線の太さで図面を描くと、学校のグランドぐらいの広さになるらしい。たにさんの工房ではX線レーザーリソグラフでひとつひとつ書き込んでいる。たにさん、またまた新しい回路を考え出したそうで、にやにやしながら、これ試してみようよなんて言ってる。体調を調べるセンサーの回路が普通に出回っている物よりもずっとシンプルにできることに気づいたそうだ。それで感度がだいぶよくなるというふれこみだ。ほんとか?ま、おもしろそうだからそれにしとこうか。娘のお祝いに心をこめて焼いてくれるだろう。

 

×月□日

 きょうは工場に新入りが来た。高校でたてだ。じゃ、お約束のやすりがけ。やってみな。お、そうそう、いいせんいってる。でも、ほら、やすりは手でかけるんじゃない。腰とひざでかけるんだ。うん、いいぞ。ま、そのうちうまくなるさ。宿題の図面を見せてみな。ほー、いいねぇいいねぇ。ここはどういう意味?お、なかなかやるじゃないの。工夫のひとかけらが見えてたいへんよろしい。これから頼むぞ。たまに若いヤツが入るとこちらも気持ちがすきっとするな。

 やつは午後から大学だ。うちの娘も通ってる。そういえばしばらく行ってないな。ちょっと顔をだしてくるか。大学は竹林の奥だ。よ、ほし先生。おひさしぶり。大学の先生はオレたちとは逆パターンで午前中畑仕事をして昼から授業だ。うちのまちの大学は先生が7人。この人たち、ホントに何でも知ってる。おしゃべりするのはとても楽しい。

 今日は何でも最近はじめたアクティビティの話をしてくれた。ほし先生が開発した光の波形をみる装置で銀河の光をみると、ある特徴があって、そいつが植物が発する光の波形とよく似てるらしい。電球なんかの光とは違うんだって。それでとにかく学生たちといっしょにあらゆる光を測りまくっているそうだ。どうも自然界にある光と、人間がこれまでつくってきた光とは違うらしい。それで先生たちは、なんとか人間がつくる光も同じ波形にならないかと工夫をしている。そういう光で先生お得意の創作をすると、とても気持ちいいんじゃないかって期待してるそうだ。先生は試作品をみせてくれた。うーん、ちょっとここ形がしっくりきてないんじゃない?先生、気持ちのいいものは、形もいいもんだよ。うん、ちょっと絵をかこうか。こうこう。ところでさ、植物の出す光っていうのも、その時々でちがうんじゃないかな。元気のいいときと悪いときとか。え、測ってみる?じゃうちの畑ので測ってみてよ。これから学生連れて行くって?まったくノリのいい先生だな。

 

△月×日

 今日は午後から市の日だ。みんな腕によりすぐりの野菜や肉を市にだす。別にこれで商売をする気はさらさらないが、みんなこり性だから、市にだしてみんなに認めてもらおうってわけだ。最近は評判が伝わって、まちの外から買いにくる客が増えてきて、ちょっとした円の小づかいかせぎにもなる。うちは今回はトマトだ。金太郎って品種とうちのまちに伝わる固有種をかけあわせてつくった。トマト独特の甘みと酸味が絶妙に溶け合って、なかなかの評判だ。ただ育てるのは光の管理がとても難しい。ある程度日差しが強いと日よけをしてやったり、曇りの日には集光してやったりしなくてはいけない。廃物利用で自動的に光量を調節する装置をつくって畑においてある。何度も失敗して、やっとだいたいうまくできるようになった。今回のは自信作だ。ほらほらちょっと試食してってよ。うまいだろ。さあはやいものがちだよ、なんせ2箱しかないからね。

 

〇月〇日

 きょうから3日間、みんなでグアノの回収だ。となりまちとの境に石灰岩の山がある。ここは海から少し離れているが、ウミネコの繁殖地がある。ウミネコの習性をよくよく研究した人がいて、うまくここにウミネコを誘い込んで繁殖地をつくらせることができた。毎年一万羽が集まって、にぎやかに子育てする。子育てが終わり、みんな飛び立ったあとにはたんまりふんがたまっている。雨が降ると石灰と反応して上質な肥料ができあがる、というわけ。海の魚の骨に含まれていたリンがたっぷり入っている。3年に一回、繁殖がはじまる前にそれを回収して田畑に入れる。3日間、キャンプをしながら回収作業だ。となりまちの連中も来るし、久しぶりのみんなの楽しみでもある。鳥にまけないくらいにぎやかだ。これで相手をみつけたっていう夫婦がけっこういるのだ。グアノをかきとったあと、また鳥たちの巣となるように、石灰の岩肌に独特の形のくぼみを作っておく。このくぼみの形が研究のたまもので、それにひかれてウミネコたちが集まってくる。その作り方は代々受け継がれてる。今年ははじめて息子に作り方を教えてやった。これが作れるようになったら一人前だが、まだまだだな。山で星空をみながら焚き火を囲んで酒を飲むのはまた格別だ。今年もたくさん鳥たちがきてくれますように。

 

◇月△日

 この前からたけさんの所にワカモノがいそうろうしている。ずっと遠くのまちのやつで、たけさんのファイバー工房でしばらく修行するらしい。だいたいみんな、高校をでると働きながら大学に行って、それを卒業したらいろんなまちを旅して歩く。いろんなことをやってみて、居心地のいいところがあればそこに住み着くのが流儀だ。そういう連中の話を聞くのはオレたちも楽しみだ。

 やつの話によると、前のまちではたいへんな目にあったそうだ。そこはいつからか人知れず温泉が湧いていたそうだ。そこには特殊なバクテリアがすみついてぬるぬるしたマットを作っていた。あるとき、このバクテリアのぬるぬるに金が濃集してるのがみつかったからたいへんだ。もうあちこちに温泉が掘られて、バクテリアのマットを作って金を回収する人が大挙してやってきた。その連中相手のいろんな商売もはじまってそれは栄えたそうだ。やつもそんなお店で働いていた。ところが、なんだかわからないがそのまちでは奇妙な病気がはやっていた。身体がだるくなり、かぜをひいたかと思ったら急におもくなって死んでしまうおそろしい病気だ。最近になってようやくほうしゃせんしょうがいって病気だってことがわかった。そんな病気は途絶えて久しかったから、医者もすぐにはわからなかったらしい。
実はそこの近くにむかしむかしげんしりょくはつでんしょってやつからでたハイキブツを埋めたところがあった。誰も知らなかったが、ある医者が執念で昔の記録をあさって発見したそうだ。実は金もそこからでてきたらしい。バクテリアのマットがいろんな有害物質を吸収して一ヶ所にとどめていたのに、連中は金だけとってあとは捨ててまわりにばら撒いてしまったのだ。それがわかって、あっという間にまちは廃墟のまちになった。やつもほうほうのていで逃げ出してオレたちのまちにきたってわけだ。やつはほんの一ヶ月いただけだから問題ないが、そこに長く住んでた人はとても不安だろう。もっとも中には逃げ出さずに、防護服を着込んで作業をつづけるツワモノもいるらしい。細心の注意を払えば、有害物質をばら撒かずに金を回収できるんだそうだ。世の中にはいろんな人間がいるもんだ。オレはそんなことに神経をすりへらすのはまっぴらごめんだな。それにしてもむかしの人はたいへんなものを残してくれたものだ。

○月○日

 おやじやおふくろの世代は、たいへんな時代だった。世の中がひっくり返るようなできことに何度も遭遇し、このまちにたどり着き、必死でこのまちをつくってきた世代だ。もうまちの公の場面からみな引退して、隠居生活を楽しんでいる。それでもオレたちがどうしていいかわからないことがあると、相談にのってもらうことも多い。最近知ったのだが、おふくろたちは時々おばばばかりで集まっては茶飲み話をしているという。おれのおふくろは世話を焼くのが好きなたちで、まちの女たちの個人的な相談にものっているらしい。おばばたちがどんな話をしているのかは知らないが、なにかと女たちの助けになっているようだ。

 隠居後とはいえ大事な仕事は保育園の手伝いだ。午前中は元気なじいさんばあさんたちは保育園の横の寄合い所に集まる。そこには子供たちも遊びに来て、むかしの遊びを教えてもらったり昔話をしてもらったりしている。午後も農作業やまちの仕事が忙しい時にはこどもをそこで遊ばせてくれる。寄合い所のそのまた隣には年寄りの介護施設がある。元気な年寄りはそこでも手伝いをしている。話相手になったり、食事の世話を焼いたりしている。いつかは自分も世話にならなくちゃあいけないかもしれないからな。元気なうちは世話を焼き、弱ってきたら世話を焼かれる、ってわけだ。

 先日たきさんのところのじいさんが亡くなった。前の日まで畑仕事をしていた。帰ってきて、ちょっと疲れたと言って早く床に入ったと思ったら、次の日にはぽっくりいっていたという。大往生だ。今日はじいさんの葬式だ。まちの社に行くともうたくさんの人が集まっていた。しんかんがのりとを上げた。といってもやまさんがそれらしい格好をしてやってるのだが。やつどこで習ったのかそういうのが得意で、葬式の時にはいつもかりだされる。オレたちはじいさんの冥福を祈った。それからいろんな人がじいさんの思い出話を語った。けっこう笑える人生だったようだ。何度も爆笑につつまれた。「いまごろそんな古い話をもちだすなよ」ってじいさん空の上からにやにやしてるにちがいない。
 それからオレたちはじいさんの棺をかついで、行列をつくって山に登った。小高い山の山腹でまちがよく見下ろせる場所が今の墓場だ。そこに穴をほって棺を埋める。昔は火葬をしていたようだが今は土葬だ。人間死ねば土に返る。それが自然ってもんだ。墓場が混み合ってくると、場所を変える。もとの墓場は知らず知らずのうちに木が生えて森になっていく。オレたちはそういう森からも木をきったり落ち葉をとったりする。そしてそれで家を建てたり暖をとったり堆肥を作ったりする。死んだ人間の魂がそうやってまたまちにもどってくるってわけだ。
 オレたちはじいさんの棺を埋めたあと、木の銘板を立てた。そこには墓碑銘が書かれていて「人生を最高に楽しんだ者ここに眠る」と書いてある。みんなに祝福されて幸せな死に方をしたな。オレもあやかりたいものだ。


(つづく)