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「地球環境科学と私」第十一回

2019.6.4

「地球環境科学と私」第十一回は地球惑星ダイナミクス講座教授 鷺谷威さんによる 国土地理院と多田さん です.


国土地理院と多田さん 地球惑星ダイナミクス講座 鷺谷威

30年近く前,私は大学院の博士課程を1年で中退し国土地理院に就職しました。国土地理院は国土交通省(当時は建設省)に置かれた特別の機関で,日本の測量や地図,地理情報を司ります。大学院では地震学研究室にいましたが,自分の研究者としての能力に疑問を感じて公務員の道を選びました。測量データを用いた地殻変動研究が行われていた国土地理院で,しばらくは測量データを眺めて研究し,その後は行政職を全うすれば良いだろうという考えでした。


国土地理院に入って最初の1年は大阪の地方測量部で測量作業や地図修正を経験しました。2年目には当初の希望通り地殻変動を扱う地殻調査部に異動し,測量データに基づく地殻変動解析を業務とすることになりました。当時の測量データと言えば,明治時代に設置された三角点や水準点の繰り返し測量の結果が主です。同じ場所で測量が行われるのは通常5〜10年毎,地震予知の目的で年に4回繰り返される水準測量もありましたが,いずれにしても処理すべき新しいデータはたまにしか入ってきません。そのため,あまり時間に追われることなく仕事ができ,空いた時間に個人の研究を行うことも許されました。こうした環境下で徐々に研究の面白さに目覚め,研究者を目指すことになります。


当時の地殻調査部には多田堯さんという日本の地殻変動研究の第一人者がおられました。色々と指導を受けましたが,多田さんから最初に与えられた仕事は北部フォッサマグナ地域における三角測量データの解析でした。1980年代後半に行われた三角測量結果を明治時代の結果と比較して約85年分の地殻ひずみの分布を計算するという内容です。解析してみると,松本〜小谷間や高田平野で顕著な東西短縮変形が見られ,中部日本の顕著な地殻変動が明瞭に示されていました。この結果で国土地理院に入って最初の学会発表も行いました(図)。地表に設置された三角点によって地殻変動がこのように記録され,テクトニクスや地震,活断層に関連する動きを読み取れたことは純粋に面白く,また地に足が付いた研究をしているという実感を得たのも初めてのことでした。


地球環境科学専攻

1991年秋に名古屋で開催された地震学会と測地学会の合同大会の発表予稿。(鷺谷・多田, 1991)

ちなみに,この長野県北部地域は,現在に至るまで自分の重要な研究対象となっており,現在に至るまでこの周辺で自前のGPS観測を続けています。その後,GPS観測結果に基づいて新潟から神戸へと続く日本列島内陸における「ひずみ集中帯」の存在を指摘し1),最近ではひずみ集中帯の変形が非弾性的であることを見出し2),その変形機構の解明を目指した研究に取り組んでいます。改めて振り返ってみると,国土地理院で最初に扱った三角測量結果こそが自分の研究者としての原点だったことに気がつきます。


多田さんは,名古屋大学理学研究科で学ばれ,名大地震観測所(現在の地震火山研究センター)の助手から国土地理院へ転出された経歴の持ち主でした。多田さんは定年退職直前の2002年に亡くなりましたが,その後,自分が名古屋大学で職を得たことには因縁めいたものを感じます。多田さんは地震学,測地学,火山学,地質学,地形学などの研究者と幅広く交流され,国土地理院や地殻変動分野と多くの研究者をつなぐ役割を担っていました。近年,学問分野の細分化が進み,研究者がタコツボ化しているという指摘が聞かれますが,多田さんの研究活動はそうした風潮の逆を行っていました。そうした方向性は現在の自分が目指すものとも一致します。データや解析結果を見ながら多田さんと交わした色々な議論が懐かしく思い出されます。


国土地理院では,その後GPS連続観測点網(現在のGEONET)の設置・運用を開始し,従来とは比べものにならない高精度かつ時間分解能の高いデータが得られるようになりました。こうしたデータで地殻変動研究が大きな注目を集めるようになり,研究が飛躍的に進歩したことは言うまでもありません。その一方で,最近の我々は,大量のデータを処理することに追われてデータをじっくり眺めることもせず,新しい問題を発見したり本質的な問題にじっくり取り組んだりする時間が失われているように感じます。学生の皆さんには,自分の研究テーマをしっかり追求するのはもちろんのこと,あちこち寄り道しながら分野を跨いだ自由闊達な議論を通して視野を広げて頂ければと思います。


1) Sagiya, T., et al. (2000) PAGEOPH, 157, 2303-2322. 2) Meneses-Gutierrez, A., and T. Sagiya (2016), EPSL, 450, 366-371.

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