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「地球環境科学と私」第八回

2019.1.5

「地球環境科学と私」第八回は地球史学講座(宇宙地球環境研究所) 榎並 正樹 教授による「ライバルは常にいる」です.


ライバルは常にいる 地球史学講座 榎並 正樹

50年前のアポロ計画で月の石を,9年前には「はやぶさ」が「イトカワ」の試料を持ち帰ることに成功しても,我々はすぐ近くにある地球内部の様子を直接知ることはできない.そして,その情報をもたらしてくれるものに変成岩がある.


1983年は,変成岩研究にとって,一里塚となる年であった.この年は,私が学位を取得した年でもあるが,その当時の教科書で想定されていた高圧変成岩の形成圧力は,せいぜい1.5 GPa(深さ40〜45 km)程度であった.もちろんその当時プレートテクトニクスの概念は体系化されていたし,島弧直下には沈み込み帯が形成されていることも理解されていた.しかし,堆積岩や花崗岩質の岩石のように密度の小さい地殻物質が大規模にマントル深部まで潜り込むことや,たとえそのような深部で再結晶した地殻物質が存在したとしても再び地表に戻ること (exhumation) を,ほとんど誰もイメージしてはいなかった.そんな1983年にアメリカ・ワシントン州の西ワシントン大学で開催されたぺンローズ国際討論会において西アルプスとノルウェーの高圧変成岩から,石英の高圧相であるコース石(その転移圧力は600℃で2.8 GPa)が相次いで報告された(印刷公表は,Chopin (1984)およびSmith (1984)).このことにより,SiO2に富む地殻物質が,少なくともそれまでに想定されていたよりもはるかに地球深部にまで沈み込んで再結晶(超高圧変成作用)すると同時に,それが地表に戻るプロセスが存在することが明らかとなった.これらの報告は,変成帯の形成過程あるいは変成作用が進行するテクトニックな場の議論というきわめて重要な課題に一石を投じる結果となり,私を含めてその場に臨んでいなかった研究者にも,大きなショックとともに瞬く間に伝わった.そして,すぐに高圧変成帯と呼ばれている地域で広くコース石探索が行われた.しかし,コース石産出の続報はなく,超高圧変成岩が地表に露出することは,極めてまれな現象であろと漠然と考えられるようになっていた.


私は,1986年から北京大学の臧 啓家博士と中国・蘇魯地域の変成岩を共同研究していた.そして,それらはかなり高い圧力条件下で形成されたであろうと思ってはいたが,決定的なデータを得ることができないでいた.そんな1989年1月のこと,蘇魯産エクロジャイトの薄片を偏光顕微鏡で観察していて,写真にあるような不思議な組織に気がついた.その時,私の気持ちは,振り子のように揺れた.私A:その組織は,コース石が圧力の低下にともなって石英に転移した時に形成された仮像であり,私は超高圧変成作用の証拠を発見した,私B:まさかそんなすごいことを発見できるはずは.....そして,1年後に帰国してからもう少しデータを増やすなどきちんと調べ直すことにしようと,2月にアメリカへ出発した.結局それは,結論を先送りするという,最悪の選択であった.

そして,アメリカ.1ヶ月くらい経った頃だろうか,同じ研究室にいた留学生の王 小民さんから,蘇魯地域の延長部にあたる大別山地域からコース石を発見したことを聞いた.私は焦って,急遽日本からデータを送ってもらい,2週間くらいで原稿を書いて投稿した.それからほどなくして,京都大学と金沢大学のグループ等を含めると,私たち以外にも4グループが独立して同様の発見をしていたとの情報が届き,計5編の論文が1989年から1990年にかけて相次いで公表された.幸い私たちの論文 (Enami and Zang, 1990) のオリジナリティは認められたものの,残念ながらそれは,最初に蘇魯地域が超高圧変成作用を受けている可能性を指摘したものでも,コース石の産出そのものを報告したものでもない,中途半端なものとなってしまった.まさかと思うようなテーマでも,ライバルは常にいること,そして論文はどんなに早く投稿しても早すぎることはないことを思い知らされた.しかし,それが研究者として駆け出しの頃であったことは,私にとって幸運なことであった.


その後,世界各地の広域変成帯からコース石ばかりでなくマイクロ・ダイヤモンドも報告されるようになった.そして,超高圧変成作用は,島弧—海溝系の進化の後に形成される大陸衝突帯の深部で普遍的に進行していると理解され,地殻—上部マントル間の大規模な物質循環を論じる上での鍵として,研究が続けられている.1983年と1989年は,変成作用の場としての大陸衝突帯の重要性が認識された年であり,その後の変成作用研究の一里塚でもあった.


地球環境科学専攻

記載したコース石の仮像

地球環境科学専攻

典型的な超高圧変成岩類の野外での産状.原岩は,玄武岩質(黒色部)と花こう岩質(白色部)の地殻物質.

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